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考える牛

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高場日記 blog page

おくりびと

2009年12月10日 (木) 00:42
おくりびと昨日から39度近い発熱し、ひどい腹下しにトイレ通いが続く〜
インフルエンザかと思ったが、腸炎と診断された。

ひたすら寝て、雑炊食べて、薬飲んで、また寝る〜

レンタル屋からDVDを借りてきた。

おくりびと

カンヌで、いやアカデミーか。
受賞したときから観たいとおもってはいたが今になってしまった。


日本人の感覚が際立つ映画だと思う。

欧米人から見たら、ある意味、エキゾチックであるだろうな〜
死を見据えるということは生を見直すことなのだ。

孤独死のすえ、腐乱した老人の遺体に対峙した後、主人公は泣きながら妻を抱きしめる場面がある。

まさしく、観るものに死生観を問うところだろうが・・

広末涼子のお腹にどきっとしてしまった・・・陶芸家であった。

父親役の峰岸徹はただの一つの台詞もなかったのだが・・手のひらに固く握られていた息子の碑〜いしぶみがとてもとても大切なメッセージであったのだと思うのだ。

やがて主人公には子供が生まれてくる。

やがて碑は引き継がれてゆくのだ。

笹野高史、演じる火葬場の門番が、死とは現世から来世への門ですみたいなことを言っていた。

私も父を見送るにはじまり、師匠夫妻、友人達、多くの大切な人達を見送ってきたのだ。

今年、五月、カヌーの仲間が白血病でなくなった。

先日、遺灰の一部を、彼が大好きだった川辺川に散骨した。

そのまた一部を土に混ぜ、轆轤を引き、小さな数珠かけのお地蔵様を作った。
いつからか、これが私のおくりかたになった感がある。

骨壺もおもわず入りたくなるような物をつくろうと誓う、おくりびと陶芸家であった。

余談だが、門番の笹野高史が、うちのスタッフ、ランナー東にそっくりなのに気が付いた〜


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あいだあきすぎましたね。ごめんなさい・・忘年会続きで、調子こいて飲みすぎました。ひたすらロックで飲むのも考えもんですなあ・・・ 
by きんたろう | 2009年12月11日 (金) 19:21
久しぶりのブログに・・送るたびに自分は どう生きるのか考えさせられますもの でも なんのかんの言っても健康じゃなきゃお大事に
by ひこしゃん | 2009年12月11日 (金) 13:33

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