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死んで鼻水でるものか?

2009年05月13日 (水) 19:30
死んで鼻水でるものか私が13歳の時、妹が生まれた。

新しい家族が増え、父の仕事も順調だったようで我が家にとって一番幸福な時期だった。



家の中に赤ちゃんの声が満ちているというのは本当に幸せなことだ。



妹が生まれた時家族で産院にでかけたが私だけが連れて行ってもらえなかった〜山へ昆虫採集にいった私は櫨にかぶれ、顔がお岩さんの状態だったのだ。


赤ちゃんはまさに家族にとって幸福の塊なのだった。


翌年、そんな我が家に悲しみの爆弾が落ちてきた。



父が癌の告知を受けたのだ。



上顎洞癌という病名だったが、あとになって、大学病院にいた看護士の友人に教わったが、顔の真ん中を全てとりのぞく手術になり、視覚、聴覚、嗅覚、味覚まで失うこともあるらしい・・・・

父は手術を拒み、抗癌剤と放射線治療を選んだ。



だが、3ヶ月ほどで、自ら退院して自宅に帰ってきた。


副作用がひどく、こんなこと続けてたら、死んじまうと考えたみたいだ。


医者からは、退院したら余命半年だと宣告された。


家にもどって、おしゃべりをおぼえたばかりの妹をあやしたり、油絵を描いたり、写経したり、畑を耕し、野菜などを作ったりしていた。

思えば、走りっぱなしの父の人生の中で一番、ゆっくりと暮らした時間だったのかもしれない・・・・・

半年後。


父は・・・・・


生きていた。


一年後・・・・


父は・・・・・



まだ生きていた・・





どころか・・・・

癌が直っていたのである。



医者もびっくりしていた。



家族はみんな、大喜びだ。


父はまもなく仕事に復帰し、再び走り始めた。現場から離れている間に父の会社は順調とはいかなくなっていた。






しばらくして、癌が再発した。





父は病院で亡くなった。
息を引き取る間際の最後の言葉は・・・・・・



死にたくない・・・・・・・・・・・・
苦しい息の中から、そう言い残して逝ってしまった。



49歳だった。今の私の年齢だ。



余命、半年といわれながらも、五年間もがんばったのだ。



幼い、可愛いさかりの妹を残して、逝ってしまうのは、本当に無念だったろう。
少しでも一緒に生きたかったのだ。

父が亡くなる、少し前のこと、高校生だった私に、お前は将来なんになりたいのか?と病床の父がたずねた。


陶芸家になりたい・・・と私は答えたのだ。


父はなんのリアクションもなく〜一時間ほどたってから、独り言のように、ぼそっと・・・・

一人くらい、そんなのがおってもよかろう〜


父は優秀な自動車整備士だったが、これからもし、違うなにかになれるなら、何がしたいか?と聞いてみたことがある。


うどん屋。

俺は勉強したら誰よりも美味いうどんをつくる・・・・


僕らにとっては無口で愛想のない職人肌の父親だった。


父と兄が3歳の妹をつれ、うどん屋に入ったおり、俺のを分けてやるから〜という兄を無視して、こいつにも一人前で〜と幼い妹の分まで三杯のうどんを注文したそうだ。
大きなドンブリを抱えた小さな娘を見ながら、笑っていたそうだ。


父なりに幼い妹への思いがあったのだろう。



もし、父が生きていたら〜
私の工房に入り浸り、ろくろに向かい土と格闘しているのではないか?


私にとって最大のライバルになっていたかもしれない・・・・
わが子を誉めることなど微塵もない父であったが、陶芸家になった私を想像したりしたのであろうか?


まもなく亡き父の年齢を超える陶芸家である。

父のつくる、うどんはどんな味がしたのだろう。


案外、むいてたかもしれないなあ〜お父さん。




忌野清志郎さん追悼カラオケ大会と称して何度となく弾ける陶芸家である。
雨上がりの夜空に〜を何度、歌っただろう。

スローバラードがずっと頭のなかで響いている。


必ず、帰ってくる・・と約束したのに。

今頃はエンジェル達とライブか?それとも地獄の鬼達にむかって、愛し合ってるか〜ぃ!と叫んでいるのか?

忌野清志郎さんの冥福を心よりお祈りします。



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死んで鼻水でるものか?  いつもながらの洒落タイトル、楽しませてもらっています。 私も親の享年を超える時は、感慨深いものがありました。 母は42歳で他界しましたが、さぞかし残していく子どものことが気になったであろうと思います。 お父様はうどん屋さんをしたたかったのですか。 高場さんのうどん好きは、お父様の血ですね。 おうどん食べるたびに、お父様を思い出されているのではないですか? ざるうどん 夏を先取り 父供養
by ももばぁ | 2009年05月13日 (水) 23:13

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