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考える牛

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高場日記 blog page

サイは投げられた!上手投げでゾウの勝ち〜

2009年04月29日 (水) 20:24
サイは投げられた!上明日から、横浜はたまプラーザ東急にて全国職人展に参加、金沢に引き続きのハードスケジュールだ!

今、鹿児島空港に向かうバスの中だ。
連休中、6日まで会場にて制作の日々。
関東方面の方々、お会いできたら幸いです。


一昨日、俳優の村野武範さんが工房に来られた〜きらり九州めぐり逢い〜5月23日19時放送〜の収録のためだ。

人吉の特集で、国宝に指定された青井神社や球磨焼酎は当然だが、なんと私と桃小龍が登場するのだ〜陶芸家を志したきっかけ、恩師村山一壷の事、作陶へのこだわり、なぜシーラカンス、山椒魚なのか?

なかなか、このディレクター、村野さんではなく〜鋭い質問を浴びせてくる。

思わず、真剣に語ってしまったぞ。

高場さんにとって陶芸とは?

いきなり聞くかよ〜と思いつつ私は答えた。

転職です。
いや、違う!

天職です。
まず私自身が土に生かされています。土と水と火、そこに人の手と心が加わり、陶になり得るのです。

私がこの世の誰かを幸せにできるかを問われている、私にとっての生きる証、天職であると思います〜と答えたかったが。

結構、しどろもどろ・・だったかな?

でも、随分と師匠の話をした。
陶芸家というより武道家のような人でした。
事実、陶器を作って、売って飯を食うという人ではなかった。あくまで探求者でした。
誰かに学ぶという姿勢を嫌い、独学という、厳しい道を選んだ人でした。


師匠はもしかしたら、自分みたく、いらぬ遠回りをするなと私に伝えようとしたのかもしれない。

高場さんが学んだ、一番大事なことは?


遠回りをおそれないことです。
それに多少の道草も・・・


かっこつけすぎの陶芸家であった・・・

羽田に姉夫婦が迎えにきてくれた。

今年、成人式を迎えたばかりの次男が逝ってしまった。
今日はその初七日だった。

彼は私の作った地蔵の骨壺の中に眠っている。
線香をあげ手を合わせた。

5年前、一緒に球磨川源流に登った。
自然を愛するシャイな印象の少年だった。

人生を超、近道で逝ってしまった。

もう一度生まれ変わったなら、もっと、もっと遠回りでいいから、楽しい道草もしながら生きて欲しいと・・・・
心から彼の冥福を祈る。

もうすぐ、電車はたまプラーザ駅につくようだ。

搬入、がんばります。

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