
高場英二
陶芸作家
デフォルメ生物陶芸
熊本県人吉市
プロフィール
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門真から大阪空港へ向かうモノレールの中〜
太陽の塔が見えた。
1970年、あの万博の年。
私は小学5年生だった。
あの、二十世紀少年の中に私もいたのだ。
誰もが、ウルトラ警備隊に憧れ、仮面ライダーに変身できた。
我が家の家族旅行は万博に連れて行ってもらえるはずが、いつのまにか宮崎行きになっていた。
しかし、出発の当日、父親はひどい二日酔いでまったく起きてくる気配もなかった。
意を決した母親は私達兄弟4人を連れ、父親をおいて、汽車で出発した。
汽車を乗り継ぎ、バスに揺られ、日はとっぷりと暮れ、やがて知らない街で降ろされた。
最後はタクシーで宮崎市にたどり着いた。
あんな凜とした母親は後にも先にも見たことがない。
時々、ヒステリックに怒ることもあったが、おおむね、いつも穏やかに笑っていた。
母は美しかった
そんな母のことが子供の私には小さな自慢だった。
その自慢の母は今朝方、たった一人で逝ってしまった。
79歳だった。
もうすぐ、空港だ。
阪急うめだの展示会が終わるまで頑張ってくれたのだ。
50代でアルツハイマーを発症、ずっと戦ってきた母。
やっと解放されたのか。
はたらきとおして
ちいさくなったせっけんが
わたしには、どうしても
せっけんのおばあさんにはみえない
せっけんのあかちゃんのようでかわいい
まどみちおさんの詩だ
母をみているといつもこの詩を思い出す。
あるとき、施設から電話があった。
今日から、お母さんはおむつを使用します〜
とのお知らせだった。
ほんとうに母はあかちゃんのようになっていった。
そして、小さくなった母は一人で逝ってしまったのだ。
ありかとう、母さん。
79年、お疲れさまでした。
感謝
合掌